book  クシ
 

「ナイスショット!!」

 今日はやけに調子が良い。

 日間名司法書士は、T市郊外のゴルフ場で同職のゴルフ仲間の萩原と熱戦を繰り広げている。この2人は、永久スクラッチの約束をしているライバルである。

 二人が同時にゴルフを始めたころは、日間名の方がカモにすることが多かったのであるが、最近は萩原も腕を上げこの1年位は日間名の負けが続いていた。

 負けている時は、ムッツリを決め込んでいた日間名であったが、今日は格別饒舌であった。

 日間名の今日の好調さは、からりと晴れ渡った初秋の天気のせいばかりではなかった。懸案の事件が片付き、その事件のお陰で彼の株も上がり、ことの外気分が良かったせいでもあったのである。

 しかし、一つ間違えばこんなに気分よくのんびりとゴルフなんかしていられなかったかも知れない。

「禍福はあざなえる縄の如し」

 運、不運そして幸、不幸は紙一重の差で分かれることを実感した事件であった。

 

 T市にある日間名司法書士事務所は、開業歴12年の業界ではやっと中堅になったくらいの司法書士事務所である。男性と女性の補助者を各々一人づつ雇っている。

 男性の補助者は司法書士試験の受験勉強をしているが、過去5回の試験には何れもあと一歩というところで涙を呑んでいる。だが試験には合格しなくても、実務上の仕事は5年の経験がものを言い、たいがいのことは一人でテキパキと処理することが出来るまでになっている。

 そんな彼を、日間名は自分の右腕として頼もしくさえ思うのであった。特に、忘れかけていた条文や、通達、先例など、彼に尋ねれば現役の受験生らしい答えが返って来る。日間名にとっては何とも重宝な存在であった。

 そんな彼でありながら、試験の壁の分厚さに跳ね返されている姿を見ると、彼自身に何かあと一つ足らないところがある様な気がしてならなかった。それが何であるのが日間名にははっきりとは分からなかったが、それさえクリアー出来れば決して受からないことはないと思うのであった。やはり、これも紙一重の差の様な気がしてならなかった。

 人間には持って生まれた運命と言うものがあるのだろうか。あるいは宿命というものがあるのだろうか。人間自身の力では推し量ることが出来ない宇宙のエネルギーや法則に人間は翻弄されているのだろうか。大宇宙の仕組、或いは神や仏の存在など、考えれば考える程分からなくなっていく。

 日間名の考えが取り留めもなく思考回路をグルグル廻りに廻っていたとき、事務所のドアが開けられた。

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つづき