9月15日
朝、人のざわめきとジャイアント馬場のような声で目がさめた。顔を洗いに外に出てみてビックリ。そこにはなんと身長2m40cm(私の1、5倍)はあろうかと思われる大男が立っているではないか。彼はモンゴル相撲の有名なチャンピョンなのだそうだ。おかげで眠気も一気にふき飛び、朝食後は昨日の続きのセミナー。質疑の中で一番多いのはやはり去年と同じく担保について。二番目は来年からいよいよ始まる土地の登記に関するものだが、よく聞いていると、半分は実体法の問題のようだ。考えてみれば、民法のような財産法の整備されていない段階で登記するのだから、苦労も多いのだろう。

 モンゴル相撲のチャンピオンと

3時ごろセミナーを切り上げ、登記官全員とジープに分乗して、地方のゲル集落や農園の視察に出発。今回はモンゴル最西端のバヤンウルギー県から来た登記官のシエス氏のジープにのせてもらう。シエス氏とドライバーをしてくれる彼のお兄さんはカザフ族と呼ばれる中央アジア系の少数民族。大多数をしめるハルハモンゴル族とは顔つきが違っている。モンゴル国内に住むカザフ族は約10万人で総人口の5%弱にすぎないが(そのほとんどはバヤンウルギー県在住)、西隣のカザフスタン共和国(旧ソ連からの独立国)では国民の4割を占めるという。彼らの宗教はイスラム教、言葉はカザフ語(トルコ語に近い)で、バヤンウルギー県ではモンゴル語は外国語として扱われているとか。そんなわけで今日の車内はイスラム音楽がガンガンにかかり、とてもエチゾチック。窓の外にどこまでも広がる大地を土埃りをあげながらジープはひた走り、やがて赤茶けた地層が広がる丘に到着。恒例のオボーの儀式が始まった。オボーとは丘や峠の頂上などに大きな石を円錐状に積み上げたもので土地の守護神が宿るとされており、石積みの真ん中に立てられた柳の枝にはラマ教の経文の書かれた青い布きれが結びつけられている。ここでは雨乞いや疫病払い、またはオボー祭りという一種の地鎮祭が行われるほか、モンゴルの人たちが遠くへ旅に出るときには必ずお参りをしていく場所でもある。お参りの方法は簡単。まずモンゴル焼酎アルヒをふりかけ、心の中で旅の安全を祈りながら積み石のまわりを時計回りに三周ゆっくり歩いてまわるだけ。

 ロシア製ジープとカザフ人ドライバー

とはいえ今回ばかりはどうぞ無事に福岡へ帰れますようにと、つい気持ちがこもってしまったせいか、無意識にお辞儀をしたり、掌を合わせていたらしく、皆に笑われてしまった。そこからしばらくして、湖のほとりに到着。ウレグ湖というとてもきれいな湖で、遠くに見える雪をかぶった山はもうロシアなのだそうだ。今夜はここで生まれて初めてのキャンプ。調理班は早速夕食の準備にとりかかる。今晩のメニューは羊の石焼きホロホック料理。材料はぶつ切りにした羊の骨付き肉と焚き火の中で真っ赤になるまで焼いた大量の石ころのみ。作り方はいたってシンプル。まずはじめに牧場などで見かける大きな円筒形の牛乳缶に塩水を3分の1ほど注いでおく。そこへ肉を放り込み、缶の3分の2あたりまできたら、上から真っ赤に焼けた石をのせていく。最後にふたをして革ひもできつく縛ったら準備は完了。驚いたのはその調理方法。牛乳缶は蹴り倒され、さらに足で何度も何度も蹴っとばされながら、地面をごろごろ転がっていく。火山の溶岩が海水に流れ込むと水蒸気爆発という現象を引き起こすが、たぶん、この牛乳缶の中でも同じことが起きているのだろう。
焼け石が塩水をかぶり、シューシューと蒸気を吹き出している。原理は圧力釜と同じだ。
10分ほどで蒸気の噴出がおさまり、さらに10分ほど蒸らすとホロホック料理は完成となる。この時使った焼け石で手を暖めるとカゼをひかないとかで、何個も渡されたのだが、まだアチチのうえ、羊から出た油で手はベトベト。

 キャンプ地
ウレグ湖

どうせ肉は手掴みで食べるので同じことだが。ここではおしぼりなどない。モンゴルの人はナイフを器用に使いながら、筋や軟骨、骨の表面の薄い皮膜まできれいにはぎとって食べている。さらにピカピカになった骨を折って、なかにある骨随を私にすすめる。これが美味なのだそうだが、ちょっと勇気がいる。思い切って食べてみると、まっとりとした、ウニのような味。
その他には魚が食べたいという私のリクエストに応えて、湖で釣った魚を焼いてくれた。もちろん福岡の魚とは比べものにはならないが、久しぶりに胃が和める味だ。不思議なことに遊牧民はほとんど魚を口にしない。なんでも彼らの信仰するラマ教の言い伝えに死んだ人の霊魂が魚に乗り移って大地へ帰っていくという話があるためらしい。
おなかがいっぱいになると、アルヒがまわった地元のダワー氏や、バット氏、カザフ族のシエス氏、ホブド県から来たバットルガ氏たちが順番に歌を唄い、キャンプの夜はふけていく。調理用の焚き火が小さくなるにつれ、そんなに酔っていない私とムンフさんはだんだん寒くなり、用意されたテントの中へ。中には保養所から持ってきたふとんが敷いてあり、まあまあの寝心地。顔を洗う水もないので、今夜はこのままおやすみなさい。

 

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